お金は、
タダでは調達できない。
借りたお金にも、株主から預かったお金にも、コストがあります。
資本コスト(WACC)とは何か
レベル6で見たとおり、会社のお金は借入(他人資本)と株主資本の2つからできています。どちらも「ただでは調達できません」。借入には利息、株主資本には株主が期待する利回りというコストがかかります。この2つを、会社全体の資本構成の比率で加重平均したものを資本コスト(WACC)といいます。
2種類のコストを、比率で平均する
借入のコストは、契約で決まった金利です。しかも、利息は税務上の費用(損金)になるため、実質的な負担は税引後の金利になります。一方、株主資本コストは、契約で決まっているわけではありません。株主が「この会社に投資するなら、これくらいの利回りは欲しい」と期待している水準であり、一般に借入の金利より高くなります。
さくらホールディングスの例(設定値)。借入2,000億円・株主資本4,000億円の比率で、それぞれのコストを加重平均すると、会社全体の資本コストは約5.6%になります。この借入2,000億円・株主資本4,000億円という比率は、WACC算定用の市場価値ベースの学習用仮定です。貸借対照表上の帳簿価額とは異なる場合があるため、実務では市場価値(株式時価総額や有利子負債の時価)を基準にウェイトを算定します。
WACCは、投資判断の「合格ライン」になる
資本コストは、単なる会計上の数字ではありません。CFOにとっては、「この水準の利益を生まない投資は、会社の価値を減らしている」という合格ライン(ハードルレート)の役割を果たします。ある投資案件が生む利益率が、資本コストを上回っているかどうかは、価値創造を考えるうえでの重要な目安になります。ただし、単年度の利益率だけで投資の可否が機械的に決まるわけではなく、将来のキャッシュフローの見通しや投資期間、事業ごとのリスクの大きさなども合わせて判断します。この考え方は、次の記事「投下資本利益率(ROIC)とは何か」で具体的に使います。
3つの立場から見る資本コスト
支払利息は正しく計上できているか。
借入コストの土台となる支払利息は、決算書に正確に反映される必要がある。
資本構成の変化が、資本コストにどう影響するか。
借入と株主資本の比率(レベル6)が変わると、資本コストも変わる。財務部門が資本構成を設計する際の判断材料になる。
この投資は、資本コストを上回る利益を生むか。
資本コストを、あらゆる投資判断・資金配分判断の共通のものさしとして使う。
もう少し詳しく:なぜ借入のほうがコストが低いのか
借入は、会社が倒産しない限り、決まった元本と利息が返ってくることが契約で約束されています。一方、株主資本には、そのような約束がありません。会社の業績次第で配当がゼロになることもあり、最悪の場合、投資した資金が戻らないこともあります。この「リスクの高さ」の分だけ、株主はより高い利回りを期待します。これが、借入のほうが調達コストが低くなる理由です。
実務資料ではこう出てくる英語だけを見ても分かるように
- 「WACC(Weighted Average Cost of Capital)」→ 資本コスト。"The project's expected return should exceed the company's WACC." → この投資案件の期待利益率は、会社のWACCを上回るべきである。
- 「Hurdle Rate」→ 投資判断の合格ライン。実務ではWACCがそのままハードルレートとして使われることが多い。
- 「Cost of Equity / Cost of Debt」→ 株主資本コスト/借入コスト。WACCはこの2つの加重平均。
演習|英文の投資方針を読み解く(演習専用設定)
WACCは、実務では「投資を承認するかどうかの合格ライン(ハードルレート)」として使われます。以下は、そうした投資方針を定めた社内文書ふうの教材用オリジナル英文です(実在する文書の転載ではありません)。
重要語分解:
- Board=取締役会
- capital budget=資本予算
- expected return=期待利益率
- flagged for further review=追加検討の対象とする
- funding decision=資金拠出の決定
【実務判断】このロジスティクス事業案の期待利益率は6.2%、会社のWACCは7.0%です。
確認問題
- WACCの計算式(借入コストと株主資本コストの加重平均)自体は、特定の法令・会計基準が定める制度用語ではなく、コーポレートファイナンスの一般的な理論です。単一の一次資料(法令・会計基準等)はありませんが、計算の仕組み自体を確認できる資料として、Wall Street Prep「WACC (Weighted Average Cost of Capital)」(発行:Wall Street Prep, Inc./wallstreetprep.com/knowledge/wacc//2026年9月確認)を根拠資料とします。同資料はWACC=負債コスト×(1-税率)×負債の構成比率+株主資本コスト×株主資本の構成比率という、本記事と同じ「税引後の借入コストと株主資本コストを資本構成比率で加重平均する」計算構造を明示し、WACCを投資判断の割引率・ハードルレートとして使う考え方も説明しており、本記事の計算式・使い方の根拠として直接確認できます。
- 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」(発行:日本取引所グループ(JPX)/jpx.co.jp/news/1020/20230331-01.html/2026年9月確認、2023年3月31日公表)-資本コストを意識した経営が上場会社に要請されている実務的背景
- 経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」プロジェクト最終報告書(伊藤レポート)(発行:経済産業省/meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/pdf/itoreport.pdf/2026年9月確認、2014年8月公表)-資本コストを上回るROEを目指すべきという実務的な考え方の背景